Q・むし歯が多いわけでもなく 噛み合わせもとくに悪くないのに
なぜか詰め物がすぐ取れてしまったり治療した歯が折れるので悩んでいます。
A・もしかして、歯ぎしりや くいしばりを習慣的にしているのかもしれません。
「力」は直接目に見えず気づきにくいですが、歯の健康を損なう大変な
トラブルメーカーです。
歯科医師として経験を積むほど、気になるケースがあります。それは、治療計画通り順当に治療が進む患者さんたちのなかに、治療した私自身納得がいかないほど、治療がうまく進まない患者さんがおられる、ということです。
治療後も同じです。しっかり入れたはずの詰め物が短期間で取れたり、丈夫に作って、「もうこれでしばらく大丈夫」と思っていたかぶせ物が数年で壊れたり、さらには歯根が折れて抜歯になってしまうなど、思いがけないトラブルを繰り返し、来院なさるかたがいるのです。
もちろん患者さんごと、少しずつ治療成績に違いがあるのは当然です。それを差し引いてもなお、これほど予測のつかないトラブルがその患者さんに繰り返し起こるのはなぜなのか。従来の治療を私なりに万全に行っても対応ができないケースです。
この謎を解く鍵は、じつは歯に加わる「過剰な力」にあったのです。出口のない難症例に見えた患者さんたちは、人生のつらい時期や仕事に追われたとき、そのストレスを発散するため無意識に歯ぎしりやくいしばりをしていました。その力が歯を傷め、患者さんを苦しめていたのです。
こうした多くの患者さんたちとの出会いがきっかけとなって、私の診療所では力のコントロールを積極的に行う診察が始まりました。そして患者さんとの会話から、そのストレスフルな生活背景を知るなかで、謎の難症例の原因がつぎつぎに解き明かされ、力のコントロールによって救われる患者さんが増えていったのです。
「力」によるトラブルは、「丈夫な治療をして防ぐべきものだ」と以前は考えられていました。しかし今では、ストレスによって起こる過剰な力を減らさない限り、どんな丈夫な治療も対症療法にすぎず、根本的な解決は望めない事が知られています。
奥歯の力は60キロ以上ともいわれますが、この力で連日ギリギリと揺さぶられては、健康な歯だって耐えられません。歯科医師による適切で十分な治療は大前提としても、これだけで歯を守ることはできません。
「割れた」「取れた」「壊れた」というトラブルは一見突然起こるようですが、じつは無理が続いたあげくに起きるトラブルです。「ししおどし」に水が溜まるように少しずつ力の悪影響が溜まり、あるときその重みで一気に動く、そうした現象なのです。まして、むし歯や歯周病があるところに力が加わり続ければ、複合的に被害は大きくなり、歯を失うリスクはますます高まります。
現代のストレス社会の中、歯ぎしり・くいしばりは、頻度と程度に差こそあれ、誰もがしていると思っていいでしょう。だからこそ私たち歯科医師は、歯ぎしりやくいしばりがいかに大きな問題なのかを、ぜひみなさんに知っていただきたいと思っています。そして、ご自身の無意識のクセに気づき、力のコントロールをはじめていただきたいのです。
「無意識にしていることをコントロールできるのだろうか」とお思いになるかもしれません。大丈夫、日中のくいしばりなら、気づきさえすれば減らすのは容易です。また、就寝中の歯ぎしりも減らすことができます。気づくこと、そしてトライすることが大事なのです。とはいっても減らすためにガンバらないでください。まずはリラックスすること、これが肝心なのですから。